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映画、ときどきその他の鑑賞ログ

ぼくを葬(おく)る

  残された時間をどう生きるか、というテーマは重いものだし、誰でもそういうことを考えることって必ずあると思うから そういった題材のきっかけがあれば見入ってしまうとは思うのだけれど、今回はわりと客観的にみてしまってたかも。

 どちらかといえば『死ぬまでにしたい10のこと』は自分に置き換えて考えながらみていた気がするけれど、今回主人公のロマンは置き換えるよりも彼の期間限定の生きる様を客観的にみていたというか。『死ぬまでに~』の女の子は自分のしてみたかったことを実行に移すと同時に、子どもたちにメッセージを残したりダンナに後釜になりそうな女性を捜してみたりそこまで気を回さなくたって…と思ったりしたものだったけれど、今回はまず切り捨てる、離れるところから入っていたというか…残された時間と自分がどうやって向き合うかということが描かれていたのは双方やってることも根本的には同じなんだけど、「こういうのもありなんだろうな」と思ってみていた次第。

 ロマン本人は周りの人との関係を自然に距離を置いてふーっと自然消滅に近い形で消えるつもりだったかもしれないし、デジカメで写すいろいろな風景も残される人へ想いを伝えるよりも自分へのはなむけって気がしないでもなかった。だけど恋人の男の子が君はひとりじゃ生きていけない質だというのは図星だったんでしょうね。ストイックに見えて実はストイックじゃなかったのかも。

 子どもを抱えて離婚した姉に向かって、自分のエゴで子供を作ったのかみたいなことを言ってた彼が子宝に恵まれない夫婦のに協力して子どもを授けるのは、結局やっぱり自分の生きてた証みたいなものを残したい、つながりがほしいということだったのでしょうか。それとも子どもの頃の幸せが忘れられなかったのか。でも後にはそうやって残る命ができたということで彼的には望むとおりだったのかもしれないけれど、彼に命を授けてくれた親に対してはただ傷つけたくない、ってことであのまま分かれてしまってよかったのかなぁとちょっと思わないでもありませんでした。

 でもあのウェイトレスさんの妊娠が分かって公証人立ち会いで遺産相続手続きが済み、あることを成し遂げたというのか意気揚々と引き上げるロマンに対し、残された夫婦が会話をかわしている場面。彼女は口の動きからして「わからないわ」みたいな風に答えていたようにも見えたんですが、「ガンって遺伝しないのかしら、産んでも大丈夫なのかしらねぇ?」みたいな話になってあっさり堕ろしちゃったりして、でも遺産の手続きとかしたからいいのか…なんてことを推測し、またオゾンの意地悪さを想像(…ってわたしが意地悪なだけ?)。

 プポーくんは患ってる割にはそんな風に見えないじゃん、と途中まで思ってたんですけれど、海岸の場面は痛々しかったかも。最後の穏やかな表情が対照的で印象的ではありました。

 しかしープポーくんの頑張り以上に、よかったのはやっぱしジャンヌ・モローでした。あのしゃがれ声、しわしわなのにかっこよくて、たくましく、毅然とした「女」であると同時に、やっぱり別れの場面はかわいいおばあちゃんだったりして、あの10分かそれ以下の登場場面でいろんな顔を見せてくれた存在感がすごいと思いました。ていうかそういう芝居をさせたオゾンがやっぱしすごいのでしょうか。あんなかわいくてかっこいいばあちゃんにわたしもなりたいと素直に思った次第。

原題:le temps qui reste 監督:フランソワ・オゾン 2005年製作
出演:メルヴィル・プポージャンヌ・モロー、ヴァレリア・ブルーノ=テデスキ
@シャンテシネ